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final_v3_last_fixed.docx の裏側:大規模プロジェクトにおけるドキュメント管理という隠れた技術的負債

はじめに:よくある状況

ソフトウェア会社で働いたことがあるなら、こんなファイル名を見たことがあるでしょう:
spec_v2.1_20250905_hotfix.docx

しかし、これは一体何を指すのでしょうか?

  1. 本番環境のバージョン?
  2. 開発中のバージョン?
  3. 議論中のドラフト?

答えはどれでもあり得ますし、メンバーごとに解釈がバラバラなこともあります。

なぜバージョンの意味付けが重要なのか

各状態の仕様書は、それぞれ重要な役割を持っています:

  • 本番バージョン:カスタマーサポートや QA、顧客自身が現在のシステムの仕様を理解するため
  • 開発中バージョン:開発チームが作業内容を正しく揃えるため
  • 検討中バージョン:将来の方向性を共有し、関係者が計画や議論に参加するため

さらに、本番バージョンにホットフィックスが入り、仕様に影響を与える場合は、さらに複雑になります。明確なバージョン管理ルールがなければ、ドキュメントはすぐに錯綜します。

多くのチームはあえてバージョン管理をしないという選択をします。その結果:
PM はそれぞれ独自の方法で管理し、色付け、コピー、上書きが混在します。メンバーは慣れたファイルだけを参照し、他のファイルは無視されます。最終的に、全員が別々の下書きを見ながら作業している状態となり、矛盾を会話でつなぎ合わせるしかなくなります。このリスクはプロジェクト後半で爆発します。

🎯 実際の事例

日本の顧客と台湾の開発チームを巻き込んだ大規模プロジェクトを担当したときのことです。

厳密なドキュメント管理がなかったため、バージョンがバラバラで、翻訳のタイムラグと時差が重なり深刻な問題が発生しました:

  • 顧客はどれが正しい仕様なのか分からず、常に「この機能は今回入るのか?」と確認してきた
  • QA が「仕様と違う」と頻繁にバグ票を切るが、多くはそもそも今回のリリース対象外だった
  • 最悪のケースでは、顧客がまだ承認していない機能が誤って本番リリースされた

この事故で顧客は 3 日間かけて再テストを行い、開発チームは 2 週間の残業でロールバックと修正に追われ、プロジェクトが遅延し信頼関係も損なわれました。

原因は明確です:単一の正しいドキュメントがなく、状態ラベルもなく、バージョン同期もできていなかった

なぜ問題に気づきにくいのか

  1. ドキュメントの間違いは即座に壊れない
    コードは壊れればコンパイルエラーで即発覚しますが、ドキュメントの間違いはテストやリリース段階でようやく発覚します。

  2. 会議やチャットで補完してしまう
    短期的には口頭での同期で何とかなり、問題が表面化しません。しかしその分、見えないコミュニケーションコストが積み重なります。

  3. 責任が分散している
    PM、デザイン、開発、QA が関与するため、誰もが責任を持ちつつ、誰も品質を担保しない状態になります。

コードの世界から学ぶ

本質的には:

  • コード = 機械のための仕様書
  • ドキュメント = 人間のための仕様書

コードには Git があります。ドキュメントにも同じ仕組みが必要ではないでしょうか?

解決策:ドキュメントにもバージョン管理を導入する

1. 単一の「正」ドキュメントを定義する

  • 常に一つのメインドキュメント(Single Source of Truth)を用意する
  • このドキュメントは本番状態のみを保持し、ドラフトや提案は別の場所に置く
  • 関係者全員が「仕様はここを見る」と認識できる状態を作る

2. 「マーク」か「別ファイル」かを決める

  • 同じファイルにマーク(小規模、短期変更):コメントやハイライトで「In Progress」「Draft」を明示
  • 別ファイルを作る(大規模、長期変更):Spec_vNext のように新しいファイルを作り、確定後にメインに統合

3. ツール別のルール

  • Google Docs / Word:メインは Spec_main、ドラフトや提案はサフィックスを付ける
  • Figma:本番状態をメインページに保持、ドラフトは別ページ、決定後にマージして削除
  • Notion / Confluence:階層構造で管理し、ステータス欄で Live/In Progress/Draft を明示

導入戦略:ルールを定着させる

  1. まず痛点を集める
    PM、開発、QA、デザイナーにヒアリングして実際の混乱事例を集め、チームに共有することで危機感を醸成。

  2. チームと共にルールを設計
    痛点を出発点に議論し、現場に合ったルールを共同で作る。

  3. 小さく始める
    まず一つのプロダクトラインでパイロット導入し、効果を計測してから全社展開。

  4. 責任者を設定する
    ドキュメントのオーナーを指名し、リリース前に更新を確認するチェックを追加。

  5. 継続的に改善
    チーム規模やプロセスの変化に合わせてルールをアップデート。

  6. 成果を見える化
    QA チケットの減少や会議時間の削減など、定量的な効果を全体に共有しモチベーションを高める。

結び:アクションの呼びかけ

ドキュメントの錯綜は単なる面倒事ではなく、大規模プロジェクトで最も高価な技術的負債の一つです。

💡 今すぐできる 3 つのアクション

  1. 単一のメインドキュメントを決める:全員がどこを見れば最新仕様かわかるようにする
  2. マークルールを定義する:どの変更が同一ページで済むか、どの変更が別ファイルになるかを決める
  3. バージョン状態をラベル付けする:最低限 Live / In Progress / Draft を明記

👉 「コードには Git がある、なぜ仕様書にはない?」
👉 「ドキュメント管理は単なる事務作業ではなく、プロジェクト成功の基盤である。」

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