多言語プロダクト開発におけるリアルな課題と実践的な解決策
三言語協業、役割分担、情報設計に関する実践ノート
なぜこの内容を読む価値があるのか?
多言語開発における本当の課題は、言語そのものではなく、「情報がどう伝わるか」「誰が何を担当するか」「どうやって意思決定を確認するか」といった点にあります。本記事では、実際に中日英の三言語プロジェクトに携わった中で見えてきた6つの代表的な課題と、それに対応する実践的なアプローチ、可視化モデルを整理しました。PM、開発者、調整役、もしくはプロダクトの海外展開を検討中の方にとって、きっと役立つヒントが見つかるはずです。
言語の問題は氷山の一角にすぎない
言語の問題は「通訳すれば済む」と思われがちですが、実際に現場でよく起こるのは:
- クライアントから技術的な詳細質問が大量に届き、回答までに3日かかる
- 中国語版の仕様と英語原本がズレていて、エンジニアの成果物が期待と異なる
- 同じモジュールを担当する上下流エンジニア同士で実装内容を把握していない
これらの問題は、単なる翻訳だけでは解決できません。
実務で直面する6つの課題とその対策
1. 英語の仕様書をクライアントが見てくれない
完全な英語の技術仕様書を提出したところ、「私たちは読めるが、エンドクライアントは絶対に見ない」と一蹴された経験があります。
対策: 議論段階では英語をメインとし、User Journeyやフロー図を用意し、重要ポイントのみ中国語で補足。仕様が固まってから全訳を行うことで効率を保ちます。
2. 多言語仕様が同期されず、実装ミスに繋がる
英語版は古いままで中国語版だけ更新されていたり、その逆も。結果、開発チームごとに異なる理解で実装され、不整合が発生します。
対策: 英語を唯一の「正規仕様(source of truth)」と定め、翻訳用ファイルを分離せず、1つのドキュメントに英語+中国語を段落単位で併記。これにより翻訳漏れや更新忘れを防げます。
3. クライアント側の窓口が技術的な質問に答えられない
CDN構成やストリーミングの詳細など、非エンジニアの営業やPMが答えざるを得ない場面も。
対策: よくある技術質問を日本語テンプレ+図解でまとめたQ&A集を作成。さらに、各機能を一人の開発PMに責任付けすることで、問い合わせが一元化され、断片的な回答や漏れが防げます。
4. バイリンガルQ&Aが非効率
1つの質問に対して、中→英→技術回答→中、とやりとりが多く、2〜3日かかることも。
対策: Q&Aテンプレート(質問原文、翻訳、技術回答、返信の文調提案)を用意し、すべてをスプレッドシートにまとめます。ChatGPTやToneFlowなどを使って、文調変換や初期翻訳を自動化するのも有効です。
5. ナレッジが分散して全体像が見えない
参加者が多く、資料はフォルダごとに散在し、誰も全体を把握していない。
対策: Notionなどを使ってナレッジセンターを構築。タグ・テンプレート・更新ルールを整備し、「誰が・どこに・いつ更新するか」を明確に決めて強制実行します。でなければ知識は個人依存となり、属人化します。
6. 多人数・多言語の会議が非効率
翻訳・営業・技術・PM・顧問など10人以上が同席し、何も決まらず終了する会議も。
対策: 会議前に目的・担当を定義し、会議中にライブで議事録を記録、終了後に日英中の要約を全員に送付。職能軸(横)ではなく機能軸(縦)で参加者を切ることで、必要な人だけが参加できます。この点は組織設計にも関わるため、別記事で詳しく述べます。
可視化モデル:コミュニケーションコストの構造
▲ 左:全員が全員とやりとりする「フルメッシュ型」では、線の数=n(n-1)/2となり、人数が増えるほどコストが急増。右:中心ノードを持つ「ハブ型」では、線の数=n-1で済み、情報が集中・整理される。
各人を「点」、やりとりを「線」と考えてみてください:
- 協調のない状態では全員が全員と話す:n(n-1)/2
- 中心ノード(人・ツール・知識ベース)があれば:n-1
だからこそ、人力で回すのではなく、「仕組み」と「知識設計」が必要なのです。
ただし中心ノードにはそれぞれ課題もあります。以下参照。
中心化の手段とそのトレードオフ(人・ツール・ナレッジ)
種類 | メリット | 課題 |
---|---|---|
人(バイリンガル+技術) | 柔軟、即応できる | ボトルネック化しやすく、疲弊する |
ツール(AI RAG, Database) | 草稿の自動生成、時短 | Prompt設計が必要、レビューは人間任せ |
知識ベース(Notion等) | チームで共有可能、履歴管理しやすい | 維持コスト高く、使われなくなる可能性もある |
どれを使うかが重要ではなく、「誰が、どうやって、いつ更新するか」を設計することが大切です。
FAQ:多言語プロダクト開発でよくある質問
Q1:多言語仕様をどうやって同期するの?
英語を唯一の正規仕様(source of truth)にし、他言語は補足とする。GitやNotionを使ってバージョン管理・翻訳ステータスの可視化を。
Q2:中国や台湾側クライアントが英語ドキュメントを読めない時は?
中国語の要点まとめ・図解付きの簡易資料を別途作成する。理解促進や社内共有に効果的。
Q3:Q&Aのやりとりが遅いけどどうすれば?
テンプレ+ツールを活用。翻訳や文調調整を自動化して初期草稿を時短で作る。
Q4:Notionは多言語ナレッジ管理に向いてる?
向いています。言語タグ・複製しやすいテンプレを活用し、複数言語の運用がしやすい設計にしましょう。
Q5:敬語調整や翻訳精度にAIは使える?
使えます。内容に集中すべきで、文調や文化的配慮はAIに任せましょう。ToneFlowはそのために開発しており、敬語の調整や中→英→日などの切り替えも即時対応できます。
結論:問題は言語ではなく、責任と情報の流れ
多言語プロジェクトを数件経験すれば気づくはず。
一番難しいのは「言語」ではなく、「誰が何を持っていて」「どう決めるか」「どう共有されるか」。
一見小さなことに見えるプロセス設計が、実は成功を左右する鍵になります。
今後の記事予定
- 維持しやすい多言語Q&Aシステムの設計方法
- 文化や組織を超えたチーム設計のベストプラクティス
- 多言語会議で合意形成を効率化する方法